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「人間主義的資本主義」と「人間らしいサステナビリティ」に関する私たちの考え
「汝の人格においても、あらゆる他者の人格においても、その内にある人間性を単なる手段としてではなく、常に同時に目的として扱うように行為せよ。」カント
世界の重要な指導者たちに向けたブルネロ・クチネリのスピーチ G20サミットにて
「人間主義的資本主義」と「人間らしいサステナビリティ」
「田舎で過ごした若い頃の農民としての生活は、私の魂へ種を植えつけ、その後、人間主義的資本主義と人間らしいサステナビリティのつぼみを芽生えさせてくれました。私たち家族は、すべてを与えてくれる「自然」と密着した生活を送っていました。電気を使わず、家畜の力を活用して土地を耕し、雨水を溜めて用水にしていました。私たちと自然との間には互いに尊重し合う関係が築かれていて、あらゆることが森羅万象との調和のもとに行なわれていました。
私は、手にしているものすべてが大地に由来することをすんなりと理解していましたし、それに疑問を抱くこともありませんでした。これは、ギリシャの哲学者クセノパネスが何世紀も前に「すべては大地から生まれる」と説いた教えに繋がるものがあります。私はこのことを、G20に集まった世界各国の重要な指導者たちにも伝えました。
大地との調和の中で、労働から得られるものと周りの人たちへ分け与えるものとの絶妙なバランスが保たれていました。私の祖父は毎年収穫の際、最初の小麦の俵を地域へ捧げていました。これは古くからある「利益と社会貢献の均衡」を象徴しています。そしてまさにこれこそが、人間主義的資本主義の基盤となっているのです。私の青春時代とその後の人生にとって、この経験は最も大きな贈り物であったと言えるでしょう。
それと同様に人間主義的資本主義の基盤をなす要因となった別の贈り物は、痛みから生じたものでした。それは、ある日私の父が仕事場で侮辱され、目を潤ませていた光景を見て感じた痛みです。あの潤んだ目は、単なる個人的な痛みを物語っているものではありませんでした。なぜなら、人間としての尊厳を傷つけられたことを私に訴えかけていたからです。どんな人に対しても、人間としての尊厳は保たれるべきです。魂に一生残されたこの傷は、私にとっての命法となりました。そしてそれを糧に、人間の道徳的・経済的尊厳のために一生働きたいという意欲が掻き立てられました。
人々を苦しめず、森羅万象を侵害せず、ネガティブな影響を最小限に抑え、倫理と尊厳を尊重しながら利益を生む事業を夢見ていました。他よりもほんの少しだけ美しい仕事場、目の前に広がる外の風景を眺めながら心地よく居られる場所を思い描き、さらに人々が他よりも少しだけ多くの収入を得られることを望みました。なぜなら、私たち誰もが考える魂を持っており、貧困に背を向けることは決してできないからです。
限られた時間の中で、「正しい仕事は何か」と考えてきました。それはクオリティに限った話ではなく、テクノロジーと人間主義の調和も視野に入れた思索でした。その中で「創造的な精神を奨励する仕事」と「適切な繋がり」を第一に考えました。なぜなら、それが実現されてはじめて、魂も身体と同じように日々養うことができるからです。
「内面の秩序は美徳である」とプラトンは言いました。私は、その教えを胸に刻んだうえで、自分の国に信頼を置いています。法律には、時に自分の意見に反する内容が含まれていることがあるかもしれませが、それを尊重することはとても大切なことです。私にはその確信があります。
私は、母なる大地は消費されるものではなく、活用されるものだ、ということを心得ています。なぜなら、母なる大地は自然と再生されるべきものだからです。今日まで私は、すでにあるものを保存し、長い時間忘れ去られていたものを修復し、私の小さな故郷であるカシミヤと調和の都、このソロメオ村へ、美の記憶を留めることに献身してきました。
熱心な努力と喜びを糧に、お城や村、そしてその周辺はゆっくりと修復されてきました。芸術に捧げられた無宗教の寺院という位置づけにある劇場が創設され、その後、村のふもとに人間の尊厳に捧げるモニュメントがある美の公園やブドウ畑、ワインセラーが誕生しました。それはまるで献身的な息子たちが誓いを立て、母なる大地へ感謝を捧げる場所のようです。チーマ山にある精神の森は、ソロメオ村周辺のスピリチュアルなシンボルを完結させたものです。そこでは、天空での精神性、村内での文化、そして仕事と谷間の自然、これらの間で交わされる対話が反映されています。
ソロメオ村の普遍的な図書館は、まさに文化のための選ばれし場所となることでしょう。劇場と聖バルトロメオ教会に隣接する18世紀の邸宅の中に新設される予定で、現在修復が進められています。全世界の本に対する愛と知識は、いつの時代でも偉人たちを支えてきました。私は、エジプト王プトレマイオス1世が創設したアレクサンドリアの古代図書館から素晴らしいインスピレーションを得ました。そして私は常に、「図書館を創設する者は、後に続く者たちへの壮大な恵みとなる精神の穀物貯蔵庫を建設するのだ」と言った、皇帝ハドリアヌスのことを思い返しています。彼は自分自身と世界を統治するための指針として本を所有していました。
1- 『ソロメオの夢。私の人生と人間主義的資本主義の考え』ブルネロ・クチネリ著 フェルトリネッリ出版社のご厚意により上梓(2018年)
2- 『ソロメオの夢』の裏表紙 「美しさ、人間性、真実が秘めた永遠の価値は、私たちのあらゆる行動の理想であり指針である」
「ソロメオ」の本を公表した際のインタビュー(1998年)
『取引と完璧な商人について』ベネデット・コトゥリ著(1602年)の表紙。 写真: マンスッティ財団(ミラノ)のコレクションより
経済や環境を超越した文化と精神性の中に、人間らしいサステナビリティの意味を完成させる要素が存在します。サステナビリティは、人間が関与する物質的・非物質的なすべてのものの包括的概念であり、人間主義的資本主義と一体のものだと言えるでしょう。その母体であり、最高の共通項と言えるのが、普遍的なヒューマニズムです。
私は、環境、経済、文化、魂、倫理が共生する具体的な領域として、物質的価値と精神的価値を包括するサステナビリティを考えたいと思います。そうすることにより、人はサステナブルな行動を起こし、それを最後までやり遂げることができると私は確信しています。なぜなら、どれだけテクノロジーが進歩しても、私たちは常に自然に囲まれて生活しているからです。ライプニッツが「自然は飛躍しない」と考えていたように、物事の関係は相違からではなく連続性から生み出されているのです。このことから、環境、経済、テクノロジー、文化、精神、倫理のサステナビリティがあるべきだと私たちは考えています。」
「すべては大地から生まれる」- クセノパネス
ペリクレスのアテナイ人へ向けた演説
「私はこれまで、紀元前431年にペリクレスがペロポネソス戦争の戦没者追悼のためにアテナイ人へ向けて行なった演説の中に、正しい道徳的指針を見出してきました。尊厳と敬意を携えて人生を生きるための模範。私たちの事業の倫理的・人間的基盤を構築するための普遍的な考え方です。」
長寿企業
「時間と真実の寓意」(1646〜1647年)ジョヴァンニ・バッティスタ・ガウッリ、通称バチッチャ、ローマ、© 2023, Photo MNP / Scala, Firenze
続く十戒は、十戒へインスピレーションを与えてきた数々の理想と、当社が永続的に追求していきたい目標を掲げたものです。 これらは、私たちを啓発する価値観と道徳的な前提を踏まえたうえで、人間および企業としての私たちの行動がこのように導かれていって欲しいと願う、その理由と哲学的方向性を示しています。 長寿企業とは、自然の流れに従いながら、二世紀以上に渡る時間の中で生き伸びることができる企業、また、最高の倫理的価値感が人生のインスピレーションとなる企業を意味しています。そうした背景のもと、ごく自然な形で私たちの世界観に沿う次の十項目が表現されています。
生活と仕事に対する私たちの長期的な理想
十戒
ブルネロ・クチネリ、キャンペーン(1995年)
人間らしいサステナビリティの証となる試みやプロジェクト
新型コロナウイルス感染症によるパンデミック
「2020年1月に勃発した新型コロナウイルス感染症は、驚異的な歴史の1ページを刻みました。中国から感染が広がっているという最初の噂が流れた時、それは数年前から東洋で流行っている鳥インフルエンザに似たものだろうと考えられたものの、すぐに毎年流行する従来のインフルエンザと同じ感染症に分類されました。
ところが次第に、それは違うのではないか、という懸念が出てきました。そうしている間にウイルスが制御不能になり、世界中で感染者が急増し、死者数が増加の一途をたどりました。このパンデミックにより、私たちは人類の存在を脅かす痛ましい時期を過ごすこととなったのです。60億人が隔離を強いられたロックダウンも身をもって経験しました。
今ここに来て、ウイルスはまだ絶滅せずしぶとく繁殖を続けていますが、ウイルスも次第に環境に順応してきているようで、ようやく安堵のため息をつける時が訪れたと言えるでしょう。しかし、当時を振り返ると今なお悲しみがこみ上げてきます。感染者が後を絶たなかった頃、親や兄弟、大切な友人の喪に服さなった、と言える人はおそらくほんの一握りでしょう。ウイルスによって奪われてしまった愛すべき人々。彼らのおかげで多くの答えを見つけ、多くの助けを受け、時には与えることができました。これら一連の過程で、まるで太い枝を嵐に折られた大木のように、どれほど多くの家族が嘆き悲しむ結末を迎えたことでしょう。
2021年5月、フィリウーロ将軍と共にソロメオの新型コロナウイルスワクチン接種センターを訪れるブルネロ・クチネリ
では、何が残ったのでしょうか?もはや、様々なことが以前と同じように行われてはいません。人との付き合い方をはじめ、過度の接近や握手をすること、混雑した場所へ入ることへの恐怖といった生活の中に残された変化を見ればそれは明らかです。有益なテクノロジーはその領域を広げ、パンデミック中に必要とされたコンピューターを介したリモートでの会話は、現在では当たり前になっていると言えるでしょう。しかしこれは、社会のゆりかごである家族の中で、以前のように、愛し合い、寄り添い、助け合う自由を私たちが諦めなければならない、という意味ではありません。新しい世界のビジョンが生まれたのです。再生するごとに生まれる希望は、人類があらゆる深刻な災害から立ち上がれることを証明するものです。痛みを抱える時に私生活や社会生活の指針を失っていなければ、なおさらそうだと言えるでしょう。孤独に対する恐れから、人類共同体を団結させる新たな意識、そして世界中の人々が兄弟として団結する強さへの新たな信念が生まれたように見えます。
歴史と過去が私たちに与えてくれた教えを振り返ると、最も困難な時でさえ、やってきた時と同じように、それはやがて去っていくと言えます。すべては過ぎ去り、時間が変化と再生をもたらします。当社の事業においても、それと同様に、お互いに寄り添うことの重要性を信じ、一致団結してしっかりと舵を握り、パンデミックに立ち向かおうとしました。現実が私たちの目の前に現れ、他に目を向けることができませんでした。私たち全員が同じ嵐の海にいましたが、全員が同じ船に乗っているわけではなく、小さな船を救助するためにロープを放つことが道徳的な義務であることを認める必要がありました。私たちは、ロックダウンの最初の日から、この『招かざる客』に対する私たちの可能性と知識の限界の中で、誰も排除せず、すべての人の健康と道徳的・経済的尊厳を尊重しつつ、すべてのコラボレーターとその家族が、安全な日常生活を送るために必要とされるあらゆる措置を講じることを直ちに決定しました。このウイルスの影響は、聖アウグスティヌスの祈りの言葉『主よ、師としての痛みを私にお与えください』に触発された慈悲深い形で私たちの心に残りました。私たちの夢を苦しめる痛みや不安を感じる時であっても、何か良いことを試みるチャンスです。私たちは、それに直面するよう求められた課題を受け入れることに決めました。誰も解雇せず、全員に同じ給与を保証し、サプライヤーと職人、そして何十年も一緒に働いてきた小さな工房に値引きを要求しない。そして、販売できなかったコレクションの商品を、最も貧しい人々や彼らの世話をする人々に寄付しようというプロジェクト『Brunello Cucinelli for Humanity』を立ち上げました。私たちは、これまで強く信じてきた尊敬と相互の信頼に基づく人間関係を、さらに強く確かなものにするために、この危機の瞬間を迎えたと言えるでしょう。
歴史の中の教えと、中国の同僚や友人たちから送られてきた最初の励ましのメッセージに私たちは安心感を覚えました。そのおかげで私たちは、希望に満ちた前向きな気持ちで新しい時代の道を歩み始めることができました。
私たちは、人々を守る盾となった人工呼吸器やマスクを、可能な限り見つけ出すことを決めました。
私たちが身を寄せ合う地域社会を守るために、私たちは直ちに大学とペルージャ病院と共に行動を起こし、パンデミックの状況を可能な限り管理下に置くことができるように、すべてのコラボレーターと、必要であればその家族へ、継続的で広範な検査を開始しました。
そして、2020年11月9日、私たちが忘れることのないこの日、科学者たちは最初の救済ワクチンを発表しました。政府が全国的なワクチン接種計画の開始を決定するや否や、私たちは、それに必要な資源をイタリア市民保護局に提供しました。そして、当社の工場からそれほど遠くないここソロメオにある『美の公園』の中へワクチン接種センターを設置し、医療スタッフを駐在させ、地元の行政機関と連携して運営を担いました。
それらすべてから時を経た今日、私たちは亡くした人々のことを思い出しながら、地域社会で互いに助け合うことを続けています。その中で私たちは、これら全ての行いが人間としての価値の自然で不可欠な表現にほかならないことを自覚しています。
アルベルト・アインシュタインはこう言いました。『危機は進歩をもたらす故に人々と国家にとっては最大の祝福である。暗い夜から昼が生まれるように、創造性は苦悩から生まれる。危機の中から発想力、探求心、偉大な戦略が生まれるのである』」
2021年1月、ピッティ・ウォーモ・コネクトのオープニングイベントのためにソロメオのカーサ・クチネリ本社にて、ブルネロ・クチネリ、ラッファエッロ・ナポレオーネ、アゴスティーノ・ポレット、メンズスタイル・オフィスのチーム
Brunello Cucinelli for Humanity
2020年、新型コロナウイルス感染症のパンデミックによる小売業の一時閉鎖を受けて、当社は販売されなかったコレクション商品を寄付する企画として「Brunello Cucinelli for Humanity」を立ち上げました。このプロジェクトでは、職人が手掛けた莫大な数の衣服(総額3200万ユーロ)が贈り物として提供され、最も恵まれない人々への具体的な支援として、国内外のパートナーのネットワークを介して配られました。このプロジェクトを発表するにあたり、プルネロ・クチネリは次のようにコメントしました。「私たちが皆『熱情的』と定義するこのプロジェクトは、何らかの方法で人間の尊厳を高め、これらの衣服の製造に携わったすべての人々に敬意を表すことができるように感じます。このシンボリックな試みが、これからも長く続いていく新たな時代への祝いの印として受け入れてもらえれば、私にとってそれは最大の喜びです。」
プロジェクト「Himalayan Regenerative Fashion Living Lab」
2022年3月、当社は、当時皇太子であったチャールズ現英国国王が発案し、フェデリコ・マルケッティが議長を務める、サステナブル・マーケット・イニシアチブ・ファッション・タスクフォースのプロジェクト「ヒマラヤ再生ファッションリビングラボ(Himalayan Regenerative Fashion Living Lab)」への参加と資金的な援助を約束しました。このパートナーシップは、ファッション界における再生可能な環境をつくり出すための新規プロジェクト開発に焦点を当てています。その主な目的は、持続可能なファッションの原則に基づく新しいバリューチェーンの旗の下で、包括的で気候を尊重した自然に優しい方向への移行を図るファッション産業の可能性を実証することです。
この取り組みでは、気候変動によって深刻な驚異にさらされている自然環境の回復と、何世紀にもわたってカシミヤ、コットン、シルクの生産に経済を支えられてきたヒマラヤの小さな自治体の伝統的な職人技術や工場労働者を守ることに重点を置いています。
排出量削減に対する当社の取り組み
当社は、サイエンス・ベースド・ターゲッツ・イニシアチブ(SBTi)の趣旨に則り、「温室効果」ガス排出量の削減計画をスタートしました。この取り組みでは、2019年から2028年までの10年間で、温室効果ガス排出量を経済的原単位で60%削減し、スコープ1と2の排出量においては絶対値で70%、さらにスコープ3の排出量においては22.5%削減することを目標に掲げています。